Team inspire official

2018-07-20

1学期の振り返りをしましょう

社会人の人たちもご覧になられているかと思われますが、小学校や中学校、高校や大学におきましては夏休みというイベントの時季でございます。そして夏休みに入る日に貰うものといえば通知表。大学生の場合は単位を獲得できたかの確認はもう少し後ですかね。さて、そんな通知表には5段階などで評価がなされているわけでして、テストの結果や提出物の状況、教員との相性などなど、様々な観点によって数値がつけられております。これだけ頑張ったとかの評価というよりは、数値を付ける側からするとこんな感じでした、という評価だと思います。あなたの努力は認められていないから数字が低いんですよ、なんていう言い方もできるかと思います、テストで100点を取っても、他の人も100点を取っていたら、他の部分で差がついてしまうわけで、その差を埋めることで通知表の数値は高くなるのではないでしょうか。学生時代、テストのできは良かったのに通知表に3が並ぶことが多かった私としましては、よく分かりません。そんな通知表の話をしたいのではなく、

これまでの振り返りをしっかりしましょう

というお話です。 テストで点数を取れなくて評価が低いのは納得がいくという場合に、どうしてテストの点が低かったのかを考えて、次に向けてちゃんと対策を練るのは大事です。悪かったことを意識しつつも、次のテストで再び失敗をやらかすことがあるのは、まぁ経験されている人も多いかと思います。さて、この話をアスリートの結果という点で見てみましょう。春シーズンが終わりまして、陸上競技で言えば自己ベストを更新できたかどうか、というのが評価の一つになるかと思います。テストの結果がタイム、テスト前の勉強は普段の練習と置き換えられるでしょう。

勉強しないでテストの結果が良かったことってありますか?

テスト前に勉強してないと言いながら良い点を取れる人っていますけど、あれは授業でしっかりと理解を出来てしまえる人です。もしくはテスト前の5分で公式などを覚える能力がある人です(嘘ついている場合もあるかもしれませんが)。まぁ人それぞれにコツがあるわけです。得意なやり方を見つけることで、勉強の時間を減らすことが可能となる。その結果、あまり努力をしていないように見える、本人も努力はそんなにしてないと感じているけれど良い点につながる。これをトレーニングで考えると、テストで良い点を取るにはどうしたら良いか?というのがまずあります。それに向けて日々の勉強、つまりは練習を行います。大事なのは当然ながら日々の練習です。ではその練習、本当にテストで点数を取れるものになっていますか?数学のテストがあるのに英語の勉強していませんか?目的とする高得点を取るために何をやったらよいか分からず、とりあえず適当に練習をしていたら、それは結果につながりません。英語のテストに向けて理科の内容を覚えても意味は無いですからね。数学と理科で少し役に立つ時があったりしますけど。結果を出すために日々の練習で何をやるか。その練習は本当に結果につながるものなのか。そうした点をしっかりと振り返り、夏の練習を行い、秋につなげられると良いかな、と思います。

遠回しに丁寧な話をしましたが、要するに日々の練習が結果を出すことにつながる意識をしっかり持って、これで大丈夫か?と確認しなおす作業は大事である、ということです。例えば5000mで15分を切りたい場合、3分ペースで走りラストでちょっと上げられれば14分59秒99です。となると、最低ラインは3分のペースで5㎞を確実に走れるような練習です。そうした練習をやっていないで、毎日1㎞4分で20km走って15分を切れるかというと、切れるかもしれないけれど、これができているから切れた、じゃあ次はこのタイムでこの練習が出来たら良さそう、と次につなげることが難しくなります。過去の練習と比べることで練習における目標設定はしやすくなります。上のテストの例で言うならば、小テストなどを途中に挟むことで、どこまでやれているかを確認すると、弱点やできていることが把握できます。そうしてやるべき最低ラインを考え、それを実現するためにどうクリアーするかを考える。こうした繰り返しによって結果につながりやすくなると思われます。タイム設定や本数、つなぎや間をどうするかを何も考えずにやるのではなく、前回はこれでこんな感じだったから、という振り返りは丁寧にやるべきです。

復習をしましょう、過去の反省をしっかりして、次につなげましょう。

2018-06-29

2018年5月と6月のTLを眺めての雑感

まったくもって更新作業を怠っておりますが、

ネタが無い

これに尽きます。5月と6月には筋肉に関して2時間近く話をするという会合を2回ほど開催させて頂きまして、取り上げたネタなどは5月末に開催されましたACSMの学会大会と似たような感じであり、話の流れも似たようなところであったようですので、世界のトップ研究者らと同じようなことを考えられているという安心感を得られました。読んでる論文がほぼ同じで、そこからどうやって考えを導いていくか。この導く作業、組み立てる作業が大事ですね。どうやって細かい所を読み取るか、文の間を想像できるか、です。まぁ細かい点に関しては疑問がまだまだ残っていて当然です。6月に流れてきたネタとしましては、

我々は筋肥大について知っていることはほとんどないようなものである

というお言葉でした。知っているように思われても、実際は知らない。これに関しては、「何でこんなにも言ってることが違うんだ?」というのが筋肥大に関して研究している人たち、トレーニング指導している人たちを見ていて思うかもしれませんが、それだけ不明確なことが多いからであると言えます。あいつそんなことも知らねぇのか、と思っている人がいたとして、「お前はそう思っているかもしれないがそれが間違いの可能性もあるからな!!」というのが現状だということです。まぁ本当によく分かっていない。細かく定義した狭い条件の中でしか分からないわけです。で、同じなことが流れてきまして、

摂取カロリー<消費カロリー

となれば痩せるという保証は無いからな、そんな簡単な構造に人間の身体はなってないから、というものもありました。これは減量を考えている人へのアドバイスとしてよく散見されるものですが、消費カロリーは変動しやすく、この数値があなたの一日の消費カロリーです、とは決められないのだと理解すればよいと思います。摂取カロリーが少なくなると思っている以上に活動量が減ってしまい消費カロリーが落ちるということも起こりますので。説明するために単純化するのは大事かもしれませんが、その単純化で間違いが起こっているとも言えますね。どれだけ食べても太らないという人は食べる量が少ないから、という話もよく聞きますが、想像以上に消費カロリーが多いパターンという可能性もあったりするということで。

王道はあるけど絶対は無い。これが最も合理的と思われる選択はあるが、適用できない人もいる。まぁ当たり前の話です。何事も数値の変化などを見ながらじっくりしっかり取り組むのが大事ですね。

2018-05-16

いつまでアップデートをしています、勉強しています、と言うのか

私事ですが、いろいろありまして転職活動を実施している最中であります。何か仕事の口がありましたらご紹介ください、という状況です。そんな個人的な状況の話から始まって恐縮ですが、転職サイトなどを眺めていますと

自分を成長させるため

などという文言がやはり載っているわけです。ある程度の年齢の転職であれば、企業が求めるのは即戦力であり、完成したパッケージでしょう。それを理解しないで、

一緒に成長していきたいです

みたいなことを言う人、掲載している企業はちょっと遠慮してしまうわけです(それによってさらに転職の道が遠ざかっているわけですね)。またしても個人的な話が少し現れましたが、この”成長したい”という言葉がとても厄介だと思うわけです。

弊社は事業を拡張して成長を続けております!!

という成長はとても理解できます。収益が高まっているというのがよく分かりますし、それには商品が売れているというのが伴っていると推測されます。では、個人が”成長したい”という場合にはどのような問題があるか。例えば商品を売る立場で治療家の人を例として考えてみますと、

1.幅広い層を担当し、多くの経験を積んで能力が高まっている人
2.トップ選手だけを見て、数はあまりこなしていないので経験した絶対数が少ない人

この場合、広告としては2の人の方が効果的でしょう。あの選手を担当しています、とうのは魅力的だと思います。ただ、実力となると1の人の方が高いことが多いと思います。もちろん、数少ない経験の中で大きく能力を向上させる人もいますが、やはり絶対数による経験は大きな財産になるでしょう。となると、2の人はまだまだ成長の余地があると言えます。そうした人が勉強して能力を高めたいと言うのは良いことだと思います。しかし、客の立場からしますと、成長の余地があるということは未熟な技術を提供されている、という捉え方も出来ると思います。完璧なものを提供する、マスターしてもう成長出来ないという状態を判断することは難しいですが、求められるのはアップデートを続けて、勉強を続けて成長している人よりも、多くの経験を既に積んで成長しきった人でしょう。ですので、個人的には

もう成長出来る余地は無いと思えるほど勉強して経験を積んできました

という人の方が信頼度は高い気がします。レベル99まで上がるはず、と自分の実力を把握し、80くらいまでは上げ切った状態で残りを探し続けてアップデートするのは良いけど、レベル5の状態で勉強して新しいことを学んでいるのに、1年経ってもレベル5、という状態で仕事を続けるのはどうかな、と思うわけです。ある程度の知識がある人に話を聞くと、学会やら講習会やらに参加しても得るものは無かったと言います。これは既に自分で可能な限りのレベル上げをして、これは知っている、これも知っている、という状態になるからでしょう。その中で、今までつながっていなかった知識がつながる、新しいものが登場した話を聞く、といったことに遭遇して、アップデートされる、となるような気がします。これを経験したら次のレベルに行ける気がする、というのも見えてくる時はありますし。闇雲に話を聞きに行ってレベルアップできるというものでもありませんので。この、レベルアップしている自分に満足しないで、まだまだ勉強が足りていない、これではお客を満足させられない、効率の悪い仕事をしてしまっている、という点を理解し、まとめてドカンと勉強して経験して、成長する余地がなさそうだなという状態まで高めてしまうのは大事だよな、と思います。その中で、いろいろなことに触れてまだまだレベルが上がる余地のあることに気づく、というので成長すれば良いのでは、と。いつまでも成長をしていることは良いことではない、未熟な状態からは早く脱して胸を張れるようにしつつ、でも自分のスキルを高めるために研鑽を続ける。そうした感じでやれれば良いのでは、と転職活動をしていて思いました(そう、個人的な転職活動の話が根底にありますので。仕事が決まったら文章を一部修正する、はずです)。

アスリートの指導で言うならば、まだまだ未熟なのでよく分かりません、と言う人より、とにかくアレコレと勉強し話を聞きetcで経験を積み、これが正解であろう、最も効率が良いであろう、というものを築き上げてしっかりとした土台をベースに指導している人は、10年経っても20年経っても言っていることは同じであることが多い気がします。言い方は変わるけど、根本の部分は変わらない。逆に、これを閃いた、これが良い!!とフラフラする人は、それはその昔に淘汰された完璧に間違っていたやり方ですよ、というものに引っかかることが多い気がします。こんな斬新なやり方が!!というのは何年かに一度は登場したりしますが、過去に使われきったものであることはよくあります。それはある程度の年齢の人に話を聞いたり、昔の本などを読めば知ることが出来ます。そうした努力を少しでもして”変なバージョンアップ”をしないようにしたいところです。なお、こうしてある程度の完成形というものに達すると、他人に教える時に最短の効率で教えられるようになり、1年や2年で教えることが無くなり客が離れるという問題点があることも付け加えさせて頂きます...